といっても僕のことではない。
半端なく切ないが。
夏の高校野球が今年も盛り上がっている。
連日繰り広げられる球児たちの熱い戦いに、我々の胸も揺さぶられる次第である。
高校野球。
日本でのまさにキングオブ学生スポーツ。
その最高峰である甲子園。
そこに生まれる数々のドラマやスター選手の躍動が、ひと夏の煌めきとして鮮烈な思い出を残してくれる。
まさに甲子園の申し子であったK・KことPL学園の桑田・清原。
星稜高校の大物スラッガー松井の五打席敬遠。
平成の怪物と呼ばれた横浜高校の松坂。
そして近年では、駒大苫小牧・田中と早稲田実業・斉藤の壮絶な投げ合いや、花巻東をほぼ一人で甲子園の舞台へ押し上げた菊池雄星など、その伝説は枚挙にいとまがない。
中学時代野球部だった僕としても高校野球の持つ麻薬のような引力は、無視することのできない夏の風物詩となっている。
つか、普通におもしれえ。
では、なぜに高校野球がこんなにも長年にわたって支持されているのだろうか。
熱い言葉を並べた後で非常に興ざめだが、ちょっと考察してみようと思う。
まず、何をおいても「負けたらおしまい」の悲壮感。
これが高校野球の醍醐味だろう。
常に背水の陣で望む若者の青春の集大成に、我々はその裏で積み重ねた日々の努力を見る。そこに圧倒的な魅力が生まれるのだ。
そして、最も重要なのがその「ドラマ性」。
これをなくして高校野球は語れない。そう言っても過言ではないほど、そこには大小さまざまなドラマが詰まっている。
ジリジリする投手戦や大打撃戦、そして土壇場での逆転劇など、プロ野球ではおよそ考えられない展開を許容しつつ、ハイレベルな駆け引きや攻防が共存する。まさに高校野球である。
「ドラマ性」。
なぜ高校野球にはこの「ドラマ性」がつきものなのだろうか。
正直、こんな展開アリかよってことないだろうか。
九回二死からの逆転劇など、あってたまるかよと思ったことはないだろうか。
あるのだ。
起こるのだ。高校野球には。
高校野球やったことないけど。
なぜか。
答えは一つ。
彼らは「チャンスを活かす」ことができるからである。
なんのこっちゃとお思いだろうか。
そして、「そんなことかいな」とお思いだろうか。
違うのである。
野球経験者から言わせてもらうと「チャンスを活かす」というのは、そう簡単なことではない。
つか、はっきり言って無理。
凡人には。
例えばランナー一、二塁のチャンス。点差は一点。
バッター自分。
力の拮抗した相手投手からヒットを打つ。
これがどれだけ難しいか。
つか、無理です。
無理無理ム〜リ。
ましてや九回裏二死の場面で逆転打を打つとか。
ありえないっす。
我々凡人には。
いやマジで。
が。
たまにいるんですね。
そういう場面で結果を出すヤツが。
何というか、一発勝負の局面で必ず勝つヤツが。
もうそれは、やんなるくらい。
最近よく聞くいわゆる「持ってる」ヤツが。
中学時代、そんなに広範囲で試合をしたわけじゃないですが、たま〜にそういう「ちょっと違うヤツ」と遭遇するんですね。
んで、モノが違うなあと。
つくづく実感させられるわけですけど。
俺じゃないなあと。
非常に切ないですが。
で、
そういうヤツらの集まりなんですね甲子園って。
要は。
何というか、「ドラマ起こす力」持ってる人間の集まりなんですよ。
ちょっと語弊があるかも知れないので言い換えると、「努力してドラマ起こす力を身につけた人間」の集まりですね。元来持ってる才能に加えて。
で、なおかつその中でもさらに飛び抜けた一部の化け物クラスが、プロの世界へ飛び込むというね。
で、その化け物の中でこれまたトップクラスの人間が、メジャーに挑戦するとかね。
もう青天井です。
国士舘大学で野球やってた先輩がこう言ってましたね。
「ぶっちゃけ、ぶっとんだエースで四番レベルが一人いりゃあそこそこ勝てる。ある程度のレベルまでなら」
と。
フリーザ様とその他大勢みたいなね、要するに。
まあ、僕自身もそれは同意せざるを得ないかなと。
情けない話ですが。
でも、せめてザーボンさんぐらいにはなりたいですけどね。
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