歴史は死なず

何か大げさなタイトルつけてみましたけど、どっつーことない話です。
いや、自分にとってはまあまあどっつーことあったんですけどね。
たぶん他の人にはまったくもってどうでもいいことかと思います。

まあいいか。

突然だが僕は専門学校卒である。
10年以上前に卒業したのだが、僕が今の仕事で何とか生活できているのも、もとを辿ればその学校での経験がきっかけとなっていると言えなくもない。
あの頃の同級生や現役の現場講師陣。多くはその後の消息もわからずだが、みんな今どうしているんだろう。それなりにそれなりで元気にやっているのだろうか。

そんなことをふと思い、軽〜い気持ちで我が母校を検索してみた。

閉校。

なん……だと……?!

おいおいおいおい。
我が母校、なくなっとるやないけー。

何か、エセ関西弁出ましたけど、そりゃ出るっつー話ですよ。
しかも閉校は2010年。すでに3年前のお話でした。

いやこれはちょっと驚いた。

何でも、結局のところ少子化と講師陣の高齢化によって時代の流れに乗り切れなかったというのが直接の原因みたいで。まあ、当時からその節はあったような気がするんですけども。

昨今、専門学校には受難の時代という話をよく聞くし、大学でも定員割れで困窮している学校が多いこのご時世である。自分の母校が潰れることなどそう珍しいことではないのかも知れない。
ただ、現実となってそれを突きつけられると、心にすきま風が吹くような、何とも言えない気持ちになるものである。

正直な話、あの学校での授業が社会に出てから役に立っているとは言い難い。
今の会社では1週間から1ヶ月程度で終わらせるような作業を、半年から1年かけてやるようなおままごとの延長のような授業であった。お世辞にも実践的とは言いえないし、よく言えば自主性重視、悪く言えば放任主義の自由な校風でもあった。もちろん業界的にも自分次第な部分が多いこともその要因の一つだろうが、遊びたい盛りの人間が堕落するには絶好の環境であった。

まあ、そんな学校ではあったが、僕が今の仕事を続けるきっかけとなってくれたことは間違いないわけで、閉校という事実は僕に取ってそれなりに重いものである。

別に今さらどうということもないのだが、自分の青春の一つをぶんどられたような、妙な気分になってしまった。そんな10月初旬であった。

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